太極拳の身体

渡辺克敬(わたなべ かつゆき)

2014年12月04日 22:09

 太極拳を始めて日が浅い人は、人によっては、順序や動きを覚える事が難しいと感じます。
しかし、それは普通に練習していれば、やがて覚えてしまうものです。
 太極拳を数年やっている人は、人によっては、余分な力を抜いたり柔かく動き続ける事が難しいと感じます。しかし、それも少し努力をすれば、やがて何とかなっていきます。難しいのは、もっと目に見えない部分の技術です。

 多くの中国武術で、〝勁〟という考えがあります。例えば、拳で人を打つ時に独特の身体操作をして大きな力を出して打つ事を〝発勁〟といいます。そうした打ち方をすると力が相手の体の中に浸透します。これはただの理論ではないので、実際に体験するとすぐ納得できます。
 勁というのは訓練の結果得られたある種の力という意味です。 化勁という言葉もあります。
これは太極拳の技法の1つで、相手の力を受け流したり、無力化する力の運用技術の事です。
反対に、もって生まれた技術の伴わない筋肉運動だけの力を、拙力といって戒めています。
 自分の身体をどのように捉えて、どう使っていくか、これが太極拳の難しい問題の1つです。
発勁や化勁を成功させる手段の1つに、纒絲勁(てんしけい)というものがあります。これは上肢・下肢・体幹などを動かす時に、螺旋形のねじりを意識する事によって生じる力です。これを上手く
行うためには、しっかりと自分の身体イメージを把握することが必要です。そうしないと何をどう捻るのか分からず、思い込みや妄想のレベルでうろうろすることになります。

 たとえば、相手が右手で自分の胸元を掴んだ時に、左前腕を自分の顔の前に捻じりながら立てる事で、相手を崩すことが出来ます。これは化勁の一種です。この時に自分の肘を意識して螺旋形の力を出すようにすると力が出しやすくなります。また、相手の腕になじむようにして、柔らかく力を使うと一層相手が崩れます。更に、自分の左肩甲骨を意識して、自分の左肩(背中を含む)・上腕・前腕が一緒になって螺旋運動をすると意識する事で、更に大きな力が生まれます。
 この時に体の状態は、もちろん力んではいけませんが、かと言ってだらだら脱力して腑抜けになっていてもいけません。適切な脱力状態と緊張状態が求められます。
 具体的には、まず、正確な形を保つ為の最低限の力の維持。もう1つは各関節の遊びを取ることです。例えば、肩関節に遊びがあると、体幹で生まれた力が上腕に伝わらずに、肩関節の不要な動きとして消費されてしまいます。体幹の動きを上肢に伝えるためには、肩の遊びが無く、身体の動きが直接腕に伝わる状態になっていることが必要です。といっても、ここで難しい点が1つあります。関節の遊びを取るという事と、関節の間を広げる事を両立しなければならない事です。肩であれば、肩甲骨と上腕骨の間に空間が出来るようにして関節がつぶれないようにします。その条件のもとで、肩甲骨と上腕骨の遊びを取る・・・という感覚を得ないといけません。関節がつぶれて窮屈になると力の伝達が行われなくなります。文章にすると難しそうですが、実際に見て触ればすぐに分かる事です。パンチを打つ時に、腰で打つとか、背中で打つ、と言いますが同じことです。背中や腰の力を腕に伝える各関節の状態を作ることが出来ないと、気合や根性だけでは成功しません。適切な技術というものがあるのです。

 太極拳では、リラックスしていてかつ、身体に張りのある状態が求められます。掤(ほう・ぽん)勁といいます。狭義の掤という技法もありますが、ここでは広義の掤と理解してください。
掤というのは、いわば、身体の内側から外に広がろうとする力です。膨らもうとする風船や、
反発する磁力のような力です。これをただの腕力ではなくて、身体各所の細かい使い方で全身に作っていきます。それが、太極拳の身体となります。型稽古だけで習得するのは、時間がかかり、なかなかむずかしいものです。そこで站樁があります。太極拳と站樁を続けていくと、そのうちに拳や肘だけではなく、身体の色々な部分から力が出せるようになります。例えば、後ろから羽交い絞めにされた時に、腰や臀部・肩などを使って、後ろに相手に打撃を加える事も出来ます。掤勁が出来ていれば、常に充填された身体の状態なので、接触した状態からでも、効果的な打撃が可能です。また腰・肩等の体幹部を使う事で力の伝達ロスがなくなるので、思いのほか大きな力が出せます。こうして、身体の色々な部位から力が出せるという事は、武術的効用だけではありません。とてつもなく良く動く身体になっているという事なので、健康面の進歩や、他のスポーツをやっている方にはパフォーマンスの向上にもつながります。具体的には、ゴルフの飛距離が伸びた、という方もいました。
 太極拳は段階を追って、かなり難しい事を習得していけます。しかし、才能に依存してはいませんので、しっかり考えて練習をしていけば結果がついてきます。1歩1歩楽しんで頑張ることが成功につながります。


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