太極拳 基礎鍛練 站椿(たんとう)

渡辺克敬(わたなべ かつゆき)

2014年11月18日 00:17


 
太極拳では、まず型の段取りを覚える事から始める事が多いものです。私の教室でも、そのようにしています。しかし、型の順番を覚える事に終始してしまうと、太極拳本来の練習が進みません。太極拳を始めようと思う方の多くは、型の順序を覚えて何となく太極拳らしい動きが出来ると、ある程度満足してしまいます。しかし、それではもったいない! 太極拳はラジオ体操でもストレッチでもヨガでもなく、太極拳なのです。太極拳ならではの効果・結果を求めるようにしてほしい所です。
 太極拳の目的が武術的効用であるにしろ、健康な身体であるにしろ、身体の中での力の運用がなされなければ、その太極拳はまだまだ半分と言ったところです。力の運用というと難しいようですが、段階を踏んでいけば難しい事ではなく、また気のせいやオカルト的なものでもありません。
 太極拳を行いながら身体の中で気の流れを意識的に創っていく事を 「運気」 といいます。
これが、身体の中で動く力の流れです。掌で前を押す動きの時には、ただ手を押し出すのではなくて、
下肢・体幹・上肢とつらなる力の流れ・気の流れを意識していくのです。その時に、ただ意識・イメージだけではなく、実際に各部位の筋肉が少しずつ動くように訓練していく事が大事です。これは少し難しいのですが、適切な師につけば、誰でも出来る範囲の事です。こうして意識と身体を結び付けて練習を続けると、身体の中で今までになかったような感覚が芽生えてきます。これで、ようやく太極拳の仲間入りです。

 太極拳は、初心者にうちは動きの順番を覚える等、やらなければならない事が多くあります。意識や身体の内部感覚の調整までなかなか手が回りません。そこで、「站樁」という訓練が役に立ちます。
 站樁は、知らない人が見れば、ただ立っているだけの訓練です。站樁は太極拳だけではなく、中国拳法の多くの流派が行っている訓練です。中には、意拳(形意拳から生まれた比較的新しい武術。実用性が高く、実際の打ち合いを普通に行っている。)のように站樁が訓練の中核にあり、人によっては何時間という単位で站樁を行う、という流派もあります。
 站樁は形もいくつかありますが、代表的なものは、足を肩幅に開いて、手を胸の高さに挙げたものです。膝は僅かに曲げる程度です。站樁では深く膝を曲げて、脚力を強化する、という事を中心に行う流派もありますが、太極拳はそうではありません。では、何が目的かというと、身体の中の力の状態を調整して太極拳独特の力の出し方・身体の状態を習得する事が目的です。太極拳は余分な力を抜いている事を基本とします。これを 全身鬆開 といいます。全身をリラックスさせて要求される姿勢を維持する最低限の力で立つ~という事です。これはなかなか難しい事です。腕立て伏せ100回というのはがむしゃらな努力でも可能ですが、全身を緩めて立つというのは、かなり繊細な努力が必要です。そういう点を理解できないと、太極拳を普通のスポーツの範疇で捉えてしまい、上達が難しくなります。
 さて、リラックスできたとして、そこからが始まりです。太極拳で使う基本的な力に「掤勁」というのが
あります。掤勁というのは、身体の中で働く力の事で、その力は内側から外側に向かって張り出していくものです。身体が1つの球になったようなイメージで、その球は高圧の空気が入っていて、常に膨らもうとしている、そうした身体の状態が掤勁です。これは細かな身体の操作と、イメージの運用で出来てきます。こうして、リラックスしていながらも、内側からの張りがある身体を造ることが目的です。
内家拳と呼ばれる 太極拳・形意拳・八卦掌などをある程度やっている人たちに共通しているのが、このようなリラックスしていながら、強い張りのある力を含んでいる身体です。これは体に触らしてもらうか、自分の身体を軽く押してもらうかすればすぐに分かります。
 こうして掤勁がある程度体得できれば、太極拳の型の練習の質が変わってきます。型に応じた力の運用が少しずつ出来るようになってきます。
 太極拳は汗を流しただ一生懸命に努力すれば上達するものではありません。半分は知的努力とでもいうべき物が必要です。その為に站樁は有効です。ただ立っているように見える状態だからこそ、他にやることもないので、自分の内部に目を向けて、ひたすら内部感覚の調整に専念できるわけです。
私のお弟子さんの中に、ある時から站樁に目覚めて、毎日25分間やることにした、という人がいました。その人は、燃え尽きるのに25分かかるロウソクを買ってきて、そのロウソクを見ながら站樁をしています。最初は家族もあきれていたようです。そうして半年もすると、身体が変わってきました。押してみると弾力のある身体になってきました。もちろん技術も上達してきました。ある雨の日に、歩道橋を降りていると、滑って転びそうになったそうです。階段があと何段か残っており、転がり落ちると怪我をすると思った瞬間に地面に向けてジャンプしたそうです。おかげで怪我をしないで済みました。本人も自分の反応に驚いていました。こんな感じで、站樁+太極拳は一般的な身体能力も結構上がるようです。


関連記事